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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)2516号 判決 1984年3月29日

原告

萩田紀夫

右訴訟代理人弁護士

岩城武治

被告

株式会社東京交通会館

右代表者代表取締役

田中久三

右訴訟代理人弁護士

町田健次

西川美数

渡辺一雄

吉田信孝

金子満造

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金九二万三五六五円及びこれに対する昭和五六年三月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

1 被告は、不動産の所有、管理及び貸借並びに公共駐車場の経営などを目的とする株式会社である。

2 原告は、昭和四〇年四月二六日、被告に採用され、現在、技術係として勤務している。

3 現在、右技術係の人員構成は、主任一名、副主任二名のもとに、原告を含めて八名の従業員が所属している。

二  賞与差別による差額金請求

被告の原告に対する給与、賞与などにつき昭和五一年までは格別の差別取扱いは見られなかったが、昭和五二年一二月の賞与支給より昭和五五年一二月まで毎年二回の賞与は別紙(略)(一)のとおり被告の合理的根拠なき主観的偏見に基く人事考課により差別的賞与支給が行なわれ、右技術係員八名のうち深道、井上の二名は上位のランクにより、鈴木、角鹿、竜崎の三名は中位のランクにより、原告と佐沢、亀田の三名は最下位のランクの支給がなされた。

しかしながら、原告は、右中位支給者と職種、職務内容、勤続年数、年令、学歴などがほとんど全く同等であるのみならず、一度も遅刻、欠勤はなく、同人らより勤務状況はすぐれていることはあっても劣ったことはない。

「同一価値労働、同一賃金」は憲法一四条の法の下の平等の原理から由来する自明の原則であり、使用者は、賃金の支払についても合理的かつ公正に査定する義務があり、その査定につき不合理かつ不公正なものと判断されるときは、労働者は、公正査定義務違反を理由にその査定の効力を法的に争いうるものである。そして、この請求権にもとづき労働者は客観的に公正と認められる相当額の支払を請求できるものと解され、この相当額は平均額(平均査定配分額)が相当である。よって、原告は、右中位者と同額の賞与の支給をうけるべきであるので、その差額金三七万五九三〇円の支払を求める(計算は別紙(二)のとおりである)。

三  休憩時間就労による賃金請求

被告は、従業員に対し、正午から午後一時まで休憩時間を与える旨を就業規則で定めているのにかかわらず、原告に対し昭和五五年二月から一二月まで別紙(三)のとおり三五回にわたり右休憩時間に就業を命じて勤務させた。よって、右就労による賃金合計金四万七六三五円の支払を請求する。

四  慰藉料請求

原告は、昭和五二年一二月からの右のごとき理由のない差別に対し、同五三年三月頃被告会社渋谷専務に面会してその理由の説明及び不当差別の是正を求め、また、同年一二月二五日付書面をもって原告の勤務状況や不当差別のいわれのない理由を陳情を兼ねて弁明の事実を申し述べたのであるが、被告は、主任沢崎一郎を通じ、「会社に来るのに覚悟して来い。」「俺のいうことを聞かなければ会社をやめてもらう。」「皆のみせしめにする。」などと威圧的、強迫的言辞をもって抑圧し、そのため、原告は、いたく精神的打撃をうけ、幾日も眠れない日が続いた。

よって、慰藉料として金五〇万円を請求する。

(請求原因に対する認否及び反論)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中、原告と職場を同じくする技術係に支給された賞与の支給率に差異のあることは認め、その余は否認ないし争う。

被告は、業績を勘案し、従業員に対し毎年六月には中元慰労金として、同一二月には年末慰労金として賞与を支給しているが、その支給率は各従業員につき一率ではなく、その従業員の日常の勤務態度、職務に対する責任感、積極性、理解力、判断力、他の従業員との協調性等を考課したうえで査定してきたもので、その考課には公正、妥当を期している。原告は、日常の勤務態度良好ならず(上司の命に従わず時に反抗的態度に出る)、仕事に対する熱意に欠け(行先も告げず勝手に職場を離脱する)、協調性も全くないことが認められるので、その支給された賞与額が下位者ランクと同率であるとしても、その考課が被告の合理的な根拠なき主観的偏見に基づくものとはいえない。

三  同三の事実中、原告主張の日時、回数につき原告が就業したこと、被告は、就業規則で正午から午後一時までを休憩時間と定めていることは認める。

被告会社の技術係の職務は、変電室の巡回点検、テナント及び共用部分に設置された蛍光灯不点の取替、電気配線の修理、館内電話放送の保守等、労働密度の薄い手待時間の多いものではあるが、何時でもテナント等からの緊急の要請に応じ得るよう待機しなければならないところから、技術係のうち主任を除き一〇名が毎日昼の休憩時間に二名宛当番として中央監視盤室に残ることにしている。被告は、当番に従事する技術係に対しては、代替休憩時間として当番日の午前一一時三〇分から正午まで及び当日午後五時から終業時間の午後五時三〇分までの合計一時間を与えているから、休憩時間における就業対価の請求は不当である。

四  同四の事実は否認する。ただし、沢崎主任が原告の遅刻を注意した際に原告がいろいろと文句をいうので沢崎が原告に対し「主任の指示がきけないのであれば会社をやめたらどうだ」と強く応えたことはある。

仮に原告が沢崎らの発言によってある程度の衝撃を受けたとしても、それは沢崎らの右発言を誘発するような言動が先に原告側に存したからであって、被告に不法行為上の責任は生じない。

第三証拠(略)

理由

一  被告が、不動産の所有、管理及び貸借並びに公共駐車場の経営などを目的とする株式会社であること、原告が、昭和四〇年四月二六日、被告に採用され、現在、技術係として勤務していること、現在、右技術係の人員構成は、主任一名、副主任二名、その他の従業員は原告を含めて八名であること、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二  まず、賞与差別による差額金請求の点について判断する。

被告は毎年六月と一二月に従業員に対して賞与を支給しているが、その支給率は各従業員に同率ではなく、現に原告と同人と職場を同じくする他の技術係員との間でも支給された賞与の支給率には差異があったことについては当事者間に争いがなく、(人証略)によれば、昭和五二年一二月から同五五年一二月までの間に原告に対して支給された各賞与の支給率は原告と同じ技術係の他の従業員に比べて最下位またはそれに近いランクに位置し、原告を含めた各従業員の右各賞与の支給率は概ね別紙(一)のとおりであったことが認められ、同認定に反する証拠は存しない。

そして更に、(人証略)によれば、被告の従業員に対して支給する右賞与の各従業員の支給率は、その支給の度に各人の日常の勤務態度、勤務能力等を考課、査定して決せられていること、考課、査定の具体的方法は、主任、副主任を除く一般従業員については、(一)出勤度、(二)精勤度、(三)責任感、(四)積極性、(五)協調性、(六)折衝力、(七)知識、(八)理解力、(九)判断力の九項目につきそれぞれ五点から一点までの五段階評価を加えて考課し、その合計点数をもって査定していること、右考課、査定は、まず被査定者の所属する係の主任が第一次査定をし考課表を作成してこれを所属部の次長に提出し、次長はこの考課表を参考にしながら独自に考課表を作成してこれを総務部に提出し、常務取締役の決裁を経て最終的に考課、査定が決定され、この査定に基づいて各人の具体的な賞与額が確定すること、右考課、査定の過程で次長が第一次査定の内容に疑問を持った場合には、主任に説明を求めたり他の管理職や係員の意見をも聴いたりして査定の公正、妥当に努めていたこと、原告が、前記のとおり、技術係員の中で最下位またはそれに近いランクに査定された理由は、原告は行先を告げずに職場を離脱することが多かったこと、年末の大掃除など従業員全員でやる仕事が予定された日に休暇をとってしまうこと、勤務時間中に正当な理由もなくシャワーを浴びたり私物を洗濯したりして仕事をしないこと、担当した仕事の出来が遅いこと、他の係員と仕事を協力してやる場合に他の係員との協調性に欠けること、仕事にミスが多いことなどが考慮された結果であることがそれぞれ認められ、これらの認定に反する証拠はない。

一方、原告の勤務態度等についてみるに、(人証略)を総合すれば、原告は、欠勤や遅刻自体は少なかったが、始業の職場ミーティングが終わるとすぐに朝食あるいは朝食に替わる牛乳を飲みに出かけてしまい、ミーティング後に従業員全員でやる職場の掃除に加わることが少なかったこと、他の係員との協調性が悪く、係員二名で協力してやる作業も非協力的なうえ、共同作業の最中でも昼休み時間になると相手を残して勝手に作業を中断していなくなってしまうことがあったこと、そのために技術係員の間では原告と組んで作業をするのを嫌うものも多かったこと、技術係の仕事内容は空調設備関係の保守、給排水や衛生設備関係の保守、電気、電力関係の保守が主なもので、定期的な点検、整備のほかは突発的な故障の補修等であるために仕事のない手待時間が多く、係員は突発的な作業に備えて監視盤室あるいは控室に待機しているのが通常であったが、原告は行先も連絡せずにどこかへ出かけていて突発的な作業の連絡を受けることができなかったようなことが他の係員に比べて多かったこと、原告は電動機の掃除や年末の大掃除など身体の汚れる作業を嫌う傾向があったこと、技術係の職場では、従来、就業時間中に係員が勝手にシャワーを浴びたり私物の洗濯をする風潮があり、原告もその一人であったが、昭和五二年頃、主任がこれを改めさせようとして係員に注意したのに対し、原告のみが「前々からやっていることだからいいじゃないか」などと反論して素直にその指示に従おうとしなかったことなどが認められ、(人証略)及び原告本人尋問(第一回)の結果中以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信しがたいので採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、一般の企業において、労務管理の一環として賃金や賞与の体系に職能給制度を採用し、使用者が労働者の賃金や賞与につき考課、査定を加味してこれを算定することは広く行なわれているところであり、これによって生ずる労働者間の賃金格差が直ちに憲法一四条や労働基準法三条、四条等の要求する均等待遇の原則に抵触するものでないことは、法の要求する均等待遇が労働者の絶対的平等取扱を要請しているものではないことからして明白である。しかしながら、考課、査定は、労働者の提供する労働力を使用者側が主観によって評価するものであるから、考課、査定の基準に合理性を欠き、査定方法が不適切であるなどのために査定結果に著しい不公正が生ずる場合、査定者が合理的裁量の範囲を逸脱して恣意にわたる査定をなした場合、更には査定が不当労働行為や性別差別などの差別待遇の手段に利用された場合などには、このような査定の効力が個別的に否定されることもありうるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、被告の考課、査定の基準、方法について不合理または不適切であると認めるような点は本件に提出された証拠によってもみあたらず、また、原告が本件においてその効力を争っている昭和五二年一二月から同五五年一二月までの賞与に関する査定についても、前認定による原告の日常の勤務態度及び同査定の結果生じた原告の賞与支給率の中位者の支給率との格差が一〇パーセント程度であることを勘案すれば、被告の原告に対する査定が裁量の範囲を越えて恣意にわたる不当なものであるとは認めることはできず、その他被告が原告に対してなした本件査定の効力を否定すべき特段の事由も認められない。よって、原告の本件賞与差別による差額金請求は理由がない。

三  次に、休憩時間就労による賃金請求の点について判断する。

被告の就業規則が従業員に対して正午から午後一時まで休憩時間を与える旨を定めていること及び原告が昭和五五年二月から一二月までの間別紙(三)のとおり右休憩時間に就業したことについては当事者間に争いがない。

そこで、原告が右休憩時間に就業した事情について、以下、検討する。原告の所属する技術係の仕事内容が空調設備関係、給排水や衛生設備関係及び電気、電力関係の保守業務であり、保守業務としてはこれら設備の定期的な点検、整備のほか突発的に生ずる故障の補修等が含まれることについては既に認定したが、(人証略)及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、技術係では突発的な故障が起きたり、被告の管理する建物を賃借している店舗から「電球が切れたので付け替えて欲しい」等の要請があった場合に、即座にこれに対応できるように、中央監視盤室には常に係員のだれかが待機しており、昼の休憩時間もだれかが中央監視盤室に居残っているのが従来からの慣行であったが、昭和五三年三月頃、朝のミーティングにおいて、係員が平等に昼の休憩時間がとれるようにするため昼の休憩時間に中央監視盤室に居残って待機する者を順番に当番制でやる旨の取り決めを係員間で行なったこと、その際、原告は代替の休憩時間はどうなるのかと質したが、当時、技術係の職場では係員は昼の休憩時間より早い午前一一時三〇分頃から昼食に出かけるのが常態となっており、また、終業に関しても就業規則に定められた午後五時三〇分まで作業をすることはほとんどなく、午後四時か四時三〇分頃からは中央監視盤室もしくは控室で雑談等をして過ごすのが常となっていたため、強いて代替の休憩時間を被告に要求する必要はないとするのが他の係員の大方の考え方であったこと、原告も、就業時間中に食事や床屋、病院などに行くことを厳しく制限しないのであればそれも得策であると考えて、その後は特に代替の休憩時間を強く要求することなく右の取り決めに従って当番勤務についていたことがそれぞれ認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、原告を含めた技術係の係員が就業規則で定める昼の休憩時間に当番制で就業していたのは、各自が本来の就業時間の一部を適宜代替の休憩時間に充当することで納得し、自発的に就業していたものであって、このような就業は実質的にみれば時間外労働に該当するものとはいいがたく、したがって、原告が、被告に対し就業規則に従って正規に代替の休憩時間を定めるように要求しうることは別論として、右就業に相当する賃金を請求しうると解することは相当でなく、これに関する原告の賃金請求は許されないものと思料する。

四  更に、慰藉料請求の点について判断する。

(人証略)及び原告本人尋問(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五二年六月二五日午前一一時一〇分頃、中央監視盤室において、被告の技術係主任の沢崎一郎が原告に対し、当日休んでいた者の替わりに土曜日午後の居残りを命じたのに対して原告がこれを拒否したため、「会社に来るのなら覚悟しろ。」と述べたこと、昭和五二年八月頃、沢崎が原告に対して注意を与えたのに対して原告が反論したため、沢崎が原告に対して「俺のいうことが聞けないのであれば会社をやめてもらうしかない。」と述べたことは認められるが、原告が技術係において他の係員と協調性を欠いていたことは前認定のとおりであり、また、右各証拠によれば、沢崎の原告に対する右各発言は、原告に対して唐突に出たものではなく、沢崎が原告に職務上の指示をし、あるいは上司として注意を与えたのに対し、原告がこれに素直に従おうとせず口答えをしたため、多少激昂して感情的な発言になったものであることが認められ、この種の発言は決して好ましいものとはいえないが、世上、合性のよくない会社の上司と部下の間において、売り言葉に対する買い言葉としてしばしば見うけられるたぐいのものであり、一般社会通念上、このような発言によって原告が慰藉料をもって償うべき精神的苦痛を蒙ったものとは到底認められず、他にこれを認めるべき特段の事情も認められないので、原告の本件慰藉料請求は失当である。

五  以上によれば、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本正樹)

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